飼育ウサギの疼痛管理の重要性
飼育ウサギの疼痛管理の重要性
獣医領域での進歩は近年めざましく、ウサギの内科・外科についても教育が行われる大学も増え、臨床家が入手できる書籍や講座も多くみられるようになった。現在では「ウサギの専門医」と呼べる獣医師もできたが、ウサギに対する鎮痛剤の使用についてはまだ 統一された見解が無い。大多数の獣医師は患畜の健康やQOLにかかわる専門家であるが、犬や猫に対しては疼痛管理を行っている獣医師でも、ウサギの患畜に鎮痛剤を使用しない例は多い。なぜこのような状態が生じているのかを検証し、ウサギの患畜にとって鎮痛剤を使用することは非常に重要で、どのような鎮痛剤が安全でウサギに適しているかを考察したい。
痛みの存在を知る
犬や猫では痛みの徴候は十分知られているが、これまでウサギでの痛みの徴候は知られてこなかった。獣医師や飼い主がウサギが痛みを感じていると疑わなければ、ウサギに対して鎮痛剤が使用されることもない。
ウサギは元来「被捕食動物」である。自然界では肉食動物の餌となる存在である。被捕食動物は驚いたときなどにじっと動きを止めることがある。これは肉食動物に見つけられることを避けるための本能的な行動である。被捕食動物は体調の悪さを秘匿する傾向がある。これもまた肉食動物に見つけられることを避けるためである。動物病院へ行くことや獣医師の診察を受けることをウサギは不安に感じ、動きを止め、疼痛の有無を確認するための触診にも反応をしないかもしれない。ウサギが十分安心していられる自分の慣れ親しんだ場所で、本来の行動をするような状態で診察を行い、痛みの有無を判断するべきである。動物病院では、慣れ親しんだケージの中で少しの時間過ごし、落ち着いてこなければ、ウサギは痛み の徴候を示さないかもしれない。ウサギは人に触られたときに痛みの徴候を示すことができないというわけではなく、犬などに比べて痛みの徴候を隠してしまう傾向があり、そのために見過ごされてしまうのである。飼育している動物を良く馴らしておき、毎日行動を観察することは極めて重要で、それによって動物の変調を知ることができる。獣医師にとっても、飼い主の観察から得られる情報は非常に重要なものである。診断をするうえで、それまでの経過は非常に重要な判断材料となる。
ウサギも他の動物が痛みを感ずるのと同様の神経生理学的機構を持っていることは知られている。これによってウサギも同様の機序によって痛みを感ずる能力を持っている。以下にウサギに見られる痛みの徴候を記した。これらの症状は痛みに特異的なものではなく、痛みを伴わない状態でも生じうることは認識しておく必要がある。しかし、以下のような症状はすべて正常なものではなく、さらにより詳細な診察をする必要があるものである。
痛みを生じているウサギにみられる徴候:
肥満と喫煙
- 座位で背を丸めた状態。
- 警戒している様子でありながら動こうとしない。
- 動きが鈍いまたは努力性。
- 沈鬱・嗜眠
- 跛行
- 過度または突然の攻撃性
- 食欲・飲水の減退または廃絶
- 歯ぎしり
- 隠れて出てこない。ケージなどの隅に顔をうずめている。
- 周囲に興味を示さない(好奇心の欠如)。
- からだを動かす時、排泄する時、ヒトの手で扱われた時、診察の時などに泣き声を上げたり呻吟する。
- グルーミングしなくなるために被毛が汚れている。
- 採食に時間がかかる。
- 餌を口からこぼす。
急性で激しい痛みや緊張、あるいは慢性の痛みや緊張であっても中程度から重度であれば、以下の様な問題も継発する。
- 胃潰瘍。
- 心筋症。
- 消化管内細菌叢の変化を起こし、腸閉塞その他の疾患を招く。
- 体温の低下。
- 腎虚血から腎障害を招く。
疑問点1: 痛みが自らを保護するための生理反応だとする誤解
獣医師の間では痛みは保護的な生理反応だとされてきた。すなわち、生理反応としての痛みは、痛みを感じている部分を動かさないようにして治癒を助けるものだとされてきた。この考え方を支持してきた人たちは、適切な治癒が望めなくなるという考えから、動物に鎮痛剤を使うことに否定的だった。たとえば、骨折を起こした動物は、痛みがあるために骨折が治癒するまでその部位を動かそうとはしなくなる。しかし、ヒトでは中程度から重度の痛みでは、元気や食欲がなくなり、筋肉が委縮し、床擦れを生じ、結果的にQOLが低下することが知られている。同様のことは中程度から重度の痛みのあるウサギにも起こりうる。さらに、毛づくろいをしなくなり、動き回らなくなるため、糞尿で汚れ、重度の皮膚炎を起こすこともある。ウサギでは体温の低下を生じ、食欲も低下することもある。ウサギでは、痛みを原因として腸閉塞(消化管運動が低下するため)や胃潰瘍を生ずることもあり、いずれも生命にかかわりうる問題となる。これらの症状はすべて 治癒を阻害し、ウサギの健康全般に悪影響を与える。
食欲不振フォトギャラリー
筆者の経験から、また他の獣医師による資料からも、鎮痛剤が治癒を阻害することを示す科学的な根拠は無い。過去15年の間に、我々はウサギへの鎮痛剤の使用について多くの経験をしてきたが、疼痛管理を行った例で劇的に治療効果が高まった例を経験している。疼痛管理を行って例ではウサギの回復はより早くなる。食事もすぐに取るようになり、活発さが回復し、消化管障害も起こりにくい。鎮痛剤を使用した例では、縫合糸や包帯を咬むものはいなかった。縫合糸や包帯を保護する必要がある場合は、ウサギを苦しめるような方法ではなく、よりよい方法を模索して、ウサギから痛みを除いてあげることで実現できる。中等度以上の疼痛は自らを保護するための生理作用ではなく、逆にウサギの健康な状態を害するものである。 と通管理は多くの症例で治療を成功に導くために非常に重要である。
疑問点1: ウサギに鎮痛剤を使用することは危険だとする誤解
長い間獣医師は、「ウサギは弱い動物」という考えから薬剤の使用には慎重だった。私がウサギの診察を始めた25年前には同じような考えだった。しかし、この考え方は、ウサギの生理学的、また行動面での特徴に対する無知からきたものだった。現在では様々な状態のウサギに対して、安全かつ有効な薬剤の投与法について十分な情報が得られており、鎮痛剤についても同様である。鎮痛剤が危険だとする主張は、現在では受け入れられていない。我々は15年にわたって様々な鎮痛剤をウサギに使っているが、副作用はほとんど見られない。しかし、鎮痛剤を使用しないことによる悪影響は、食欲不振、消化管障害、沈鬱、治癒の遅延など、より問題性が高くなる。動物用に使用されるいかなる薬剤も何らかの副作用を示す可能性はあり、その点で危険性はゼロではない。しかし、現在ウサギに使用されている鎮痛剤は、様々な用量で数多くの使用経験を経ている。中等度以上の痛みをそのままにして、ウサギに苦痛を与えるより、ウサギにとってはるかに有益である。現在は広範囲の鎮痛剤が利用でき、鎮痛作用の軽いものから強いものまで、獣医師はウサギの状態に応じて処方できる。
ウサギに対する鎮痛剤使用の重要性に関する評価
飼育されるウサギは野生下での被捕食動物としての生理学的特徴や行動特性を残している。ペットとして頻繁に人の手に触れていても、痛みやストレスを感じると野生のウサギと同様の行動をとることもある。中等度以上の痛みや恐怖を感じたウサギにみられる非常に問題となる副作用としては、体温の低下、食欲の廃絶沈鬱、消化管障害、腎障害、心筋障害、麻酔や手術からの回復の遅延、治癒の遅延などが考えられる。重度の痛みやストレスでは、死にいたることもある。したがってウサギのQOLを高め治癒を確実にするために、適切に鎮痛治療を行うことは非常に重要なことである。筆者の私見であるが、中等度以上の痛みを感じているウサギに対して、鎮痛剤を使用しないことに何の正当な理由もない。非常に強くそう感じている。現在では非常に多種の鎮痛剤が選択できる。人間に置き換えれば、どれだけの人が鎮痛剤を使用せずにいられるであろうか。獣医師は、ウサギにおける疼痛管理の重要性について教育を受け、鎮痛剤も入手が可能であれば、それを適切に使用しないことに何の理由もない。
鎮痛剤の使用法
鎮痛剤の使用される機会は非常に多い。以下に良く遭遇する状況について記す。
肥満の治療費
- 外科手術 − 外科手術において、鎮痛剤はよく用いられる。皮膚の小外科では鎮痛剤が必要とされることは少ないが、整形外科などの外科手術では重度の術後の疼痛が伴う。鎮痛剤は手術の内容やウサギの状態に応じて、術前、術中、術後に適宜投与する。術後24時間の鎮痛剤で十分な場合もあれば、数日間比兆な場合もある。
- 消化管疾患− ウサギの消化管疾患では、消化管内ガスによる膨満から疼痛を伴うこともある。鎮痛剤の使用により、より早くウサギの食欲回復を促し、消化管運動が刺激されてガスによる膨満を早急に解除できる。正常に排泄ができるようになるまでの間、鎮痛剤を投与すればよい。
- 歯牙疾患 – 歯が伸びすぎたために口内に潰瘍や膿瘍を生じ、痛みを伴うこともある。歯牙治療を行っている間鎮痛剤を使用することで、痛みから食欲が廃絶することを防ぐことができる。
- 外傷− 外傷の程度に応じて、鎮痛剤を使用することもある。非常に強くおびえているウサギの場合、外傷を伴っていても伴わなくても、短期間鎮痛剤を使用すると有効な場合もある。とくに鎮静作用を持つ場合に有効である。
- 炎症− 足底皮膚炎や尿焼け、化学物質による熱傷、急性の内耳および中耳感染、関節炎などの重度の炎症性疾患で鎮痛剤を使用すると非常に有効である。
- 腹部疾患− 腹部臓器の腫瘍、膀胱結石、卵巣疾患、肝疾患などは疼痛を伴うこともあり、鎮痛剤使用も考慮する必要がある。
鎮痛剤の選択
ここでウサギに使用される種々の鎮痛剤について概略を記す。用量については、個体差も大きく、動物の状態や治療される症状に応じて異なるため、ここでは触れないでおく。巻末の資料や種々の処方集を参照すれば、適切な用量が設定できるはずである。
オピオイド性鎮痛剤
オピエイト誘導体は鎮痛作用を持つ薬剤である。もっともよく知られているのはモルヒネであろう。オピオイド性鎮痛剤は非常に強力な鎮痛剤で鎮静作用も持つ。軽度の鎮静作用は、術後や重度の外傷を負った場合など、患畜を安静に保ち行動を制限する時に有用である。ウサギに対するオピオイドに投与は通常注射により行う。オピオイドの欠点の一つは作用時間が短いことである(2‾4時間)。例外として、ブプレノルフィンは最長12時間効果が持続する。オピオイドは、外科手術の術前、術中、術後に、または重度の外傷に際して動物病院で投与される。もっともよく用いられるオピオイドは、ブプレノルフィン、ブトルファノール、モルヒネ、ナルブフィン、ペンタゾシン、メペリジン、ナロゾン、オキシモルフォンなどである。
非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)
NSAIDsは炎症を抑えるとともに、鎮痛作用も持つ。これらの薬剤は、作用の弱いアスピリンから作用の強いカルプロフェンまで非常に幅広い。これまで、この種の薬剤で重度の副作用を報告する資料は無いが、他の動物種(馬、犬、ヒト)では高用量を長期間使用すると、胃潰瘍を発症することが知られている。特に、コルチコステロイドはNSAIDsと併用してはならない。胃潰瘍発症の危険性が非常に高くなる。また、これらの薬剤は腎障害を併発する危険性があるため、外科手術前24‾48時間には用いるべきではない。NSAIDs は経口投与、注射投与いずれも可能である。この種の薬剤は効果の持続時間が長く、大多数が12〜24時間持続する。NSAIDsは消化管障害や術後の自宅での疼痛管理に用いられる。慢性の疼痛管理にも有用で、特に関節炎や急性の耳科感染症、膿瘍などの炎症性疾患に有効である。NSAIDs を長期間使用する場合、最低用量で使用し、胃潰瘍の発症に十分注意するため観察をする。よく使用されるNSAIDsとしては、アスピリン、カルプロフェン、ジクロフェナク、フルニキシン、イブプロフェン、インドメタシン、ケトプロフェン、メルキシカム、アセトミノフェン、ピロキシカムなどがある。
局所麻酔
局所麻酔はクリーム剤、液剤、表皮への注射などで用いられる。ウサギの局所麻酔でよく用いられる機械は、皮膚の処置(生検、腫瘍の切除、静脈留置)、眼下処置(涙管洗浄、目の総体的な検査)、鼻咽頭チューブの設置などである。鼻咽頭チューブの設置では外鼻腔から液剤を滴下し、覚醒したにある患畜に不快感を与えないようにチューブの設置を行う。局所麻酔は長時間の鎮痛効果を求めるものではなく、実際にこえっらの麻酔薬の持続時間は極めて短い。
硬膜外麻酔(脊髄麻酔)
硬膜外麻酔の報告もあり、ウサギの一部の手術においても有効であるとされているが、使用されることは稀である。恐らく平均的な臨床獣医師は、この種の麻酔法をウサギに行うことに慣れていないためだと思われる。しかし、この麻酔薬・鎮痛薬の使用方法は、将来適用例が増えてくるものと思われる。硬膜外麻酔・鎮痛は、腹部外科、特に消化管外科処置の術後の疼痛管理に適している。この方法は短時間麻酔で、動物病院で投与を受け、モニタリングが必要である。
おわりに
ウサギの患畜に対する鎮痛剤の使用は、様々な症例において有用である。人道的にも、疼痛を感じているであろうウサギには鎮痛剤を使用するべきである。疼痛管理に加え、様々な面での管理、環境の維持(静かに休める場所、適切な室温、清潔さ)や、食餌、その他の内科的・外科的処置などが必要である。獣医師と飼い主が共に、ウサギの回復に適した環境の保持に努めなければならない。ウサギも人と同様の人道的な管理を受ける権利がある。
参考資料について:
獣医師によるウサギへの鎮痛剤使用に関しては、より多くの資料を検証するべきである。下記の資料はウサギに対する鎮痛剤の使用、および疼痛管理の重要性について書かれている。ごく一部に情報が含まれているだけであるが、より最新の情報であり臨床家のために書かれたものである。ウサギに対する最新の薬用量も記載されている。本稿はNo.2の資料に負うところが大きい。小動物への鎮痛剤使用について素晴らしい内容が簡潔に記されている。
参考資料:
1. Brown SA. Clinical Techniques in Rabbits. Seminars in Avian and Exotic Pet Medicine, Vol 6, No 2, 1997; pp 86-95.
2. Flecknell PA. Analgesia in Small Mammals. Seminars in Avian and Exotic Pet Medicine, Vol 7, No 1, 1998; pp 41-47.
3. Laber-Laird K, Swindle MM, Flecknell PA. Handbook of Rodent and Rabbit Medicine. Pergamon Press 1996; pp 234-237.
4. Ramer JC, Paul-Murphy J, Benson KG. Evaluating and Stabilizing Critically Ill Rabbits – Part II. Compendium on Continuing Education for the Practicing Veterinarian, Vol 21 (2), 1999, 116-125.
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